暮らしのサ会について2
- 2月16日
- 読了時間: 4分

以前ご案内した「暮らしのサ会」について、今回は詳細をお伝えする前に、なぜこの会を始めたいと思ったのか、その背景にある想いを少しお話させてください。
私たちの体は、季節と切り離されて存在しているわけではありません。
気温、湿度、日照時間、食べられるもの。
それらが変わるたびに、心も体も、知らず知らずのうちに影響を受けています。
春は、ため込んだものを外へ出したくなる季節。
夏は、熱と湿をどう逃がすかが大切な季節。
秋は、乾燥とともに内側を整える季節。
冬は、蓄え、守る季節。
本来は、季節ごとに少しずつ体の使い方を変えながら、自然に調整していくものなのだと思います。
春には山に入り、山菜や野草を摘み、種を蒔く。
夏には茶葉を摘み、梅を干す。畑も大忙しです。
秋にはたくさんの作物が実り、冬に向けてまた種をまく。
冬に備えて、保存食を作ったり、づぎの春に向けて企画を練る時間。
そんな一年のサイクルを続けていくうちに、体は整いますます元気になっているように感じます。
大阪にいた頃、今の暮らしは夢物語でした。
畑がない、時間がないと、体の不調を感じていても、食に対する優先順位自体そこまで高くありませんでした。旬のものは食べていても、季節の養生はできていませんでした。
生活を変えて、体が変化すると、食に対しての意識も変わってきます。
土が身近になったことで、体を変えるためには、食べ物を変える。とやっと自分事になりました。
同時に今、あらためて大阪にいたころを振り返ったとき、実は畑がなくても、時間がなくてもできることがあったことにも気付くようになりました。
今の暮らしを続ける中で、田舎でしかできないことは確かにあるのですが、都会にいても、自身を強くする方法はたくさんあるんです。
一方で今は田舎も都会も季節に関係なくだいたいのものが手に入る時代です。
けれど便利になった反面、健やかさは遠のいている気がしませんか?
「体がだるい」「なんとなく不調が続く」そんな声もよく聞くようになりました。
私自身、いろいろ試す中で強く感じるようになったのは、大切なのは“何を食べるか”そして“ちゃんと消化・吸収できる体であるかどうか”ということ。
自分の身体がどのように傾いてるかを知り、どうやってその傾きを直すのか。
季節の養生や発酵食品は、そのための知恵のひとつです。
ぬか漬けや梅干し、茶、薬草やスパイスとうまく付き合うこと。
どれも、体の中の巡りを助け、食べたものを自分の力に変える手助けをしてくれます。
残念なことに、本当に体に必要なものは手に入りにくいもの。
そして、幸いなことに作ることは案外難しくないというのをサ会を通して一緒に実感してもらいたい。
しめ飾りと同じで私たちは、「買う」のではなく、「一緒に作る」ことを大切にしています。
作る過程を知ること。手の感触を覚えること。失敗も含めて経験すること。
それは、食べ物を“商品”ではなく、“自分の体を養うもの”として感じ直す時間でもあります。
もう一つ、身体を整える方法はなにも食べ物だけではありません。
乾燥の気になる季節は食べ物や飲み物での補水以外にも、お風呂にゆったり浸かったり、保湿できるケアをすることも立派な養生になります。暑い日は、汗をよく吸う衣服で、強い日差しを避けるように帽子や薄い羽織をまとうことも養生。
衣食住の全てにおいて、「買う」のではなく、「自分で作ったものを使う」喜びやその必要性をもっと知ってほしいと思います。

暮らしのサ会は、正解を教える場ではありません。
季節に手を伸ばしてみること。
自分の体の声に耳をすますこと。
暮らしの中に取り入れられる形を探すこと。
それらを一緒に考え、一緒に仕込み、一緒に持ち帰る場です。
春から冬へ。一年を通して手を動かしていくうちに、自分の体の変化にも、季節の移ろいにも、少しずつ気づけるようになります。
便利さの中で失われつつあるものは、技術よりも、感覚なのかもしれません。
寒いときに、温める。湿るときに、巡らせる。疲れたときに、休ませる。
そのための知恵を、料理や手仕事という形で思い出す。
この会は“何かを作る場所”であると同時に、“自分の体と季節の関係を取り戻す場所”でありたいと考えます。
もし、なんとなく不調が続いている。食べものや暮らしを見直したい。季節を感じる時間がほしい。
そんな思いが少しでもあるなら、ぜひ一緒に、季節を仕込む時間を過ごしませんか。


少し長くなりましたね。
まだ寒さの残る日々ですが、窓辺に差し込む光に、少しずつ春の気配を感じる頃となりました。
次回は具体的な開催日程とお申し込みについてご案内させていただきます。
どうぞ楽しみにお待ちください。




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