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茶を摘み、湯を沸かす|日本茶の歴史と暮らしの文化

  • 5月14日
  • 読了時間: 6分
茶の木の新芽が伸びている写真

春から初夏にかけて、草花の勢いは増し、田んぼには水が入る頃です。

藍や紅花、紫蘇の種を蒔き、ヨモギやカキドオシ、アケビの新芽を収穫したら、次はいよいよ茶摘みの季節。

今年は例年よりも一段と茶葉の生育が早く、3日もあけると葉が大きくなりすぎてしまうほど。

晴れの日をねらって、せっせせっせと茶摘みをする日々です。


お茶の間、茶番、お茶目など、お茶にまつわる言葉はとても身近にありますね。

今や私たちの暮らしに欠かせないものとなっている「茶」について

今回は少し掘り下げてみたいと思います。



茶の始まりとその広がり


お茶の起源は、中国南西部の山岳地帯だといわれています。

最初の茶は、現代のように、乾燥させた茶葉に湯を注いで飲むというものではなく、生の葉を料理に使ったり、すりつぶしたものを水に溶かして飲むといった、主に薬草として利用されていたようです。

生の茶葉は食べてみるととても苦く、何かに効きそうだと連想するのもうなずけます。

実際に茶葉には、カテキンやカフェイン、ビタミンCやミネラルなどが含まれ、抗酸化作用や覚醒作用、整腸作用など、薬草としても優秀な植物だということが分かっています。


7~9世紀、唐の時代になると、茶は貴族や僧侶を中心に広まります。

この頃には、茶を蒸して固めたものを削って煮出したり、塩や香辛料を入れるという、今とはかなり違う飲み方でした。この頃に、「茶経」という世界最古の茶の専門書がまとめられ、茶がただの飲み物ではなく、選ぶ器や茶を淹れる作法、精神性を伴った文化的なものであったことがうかがえます。

茶のもつそれらの性格は、規律や倹約を重んじる仏教、特に禅宗と深く結びつき、仏教とともに、世界に広がっていきました。


日本における茶の広がり


日本には奈良〜平安時代に茶が伝わったとされています。

最初は遣唐使や僧侶が持ち帰ったもので、一部の上流階級の間で飲まれるかなり貴重なものでした。

茶が本格的に広まったのは、鎌倉時代とも言われています。

禅僧・栄西は、中国から茶とその文化を持ち帰り、『喫茶養生記』という書物を残しました。

「茶は養生の仙薬なり」という書き出しから始まり、茶がいかに体にいいものであるかを説いています。


鎌倉〜室町時代になると、茶は武士階級にも広がっていきます。

茶のもつ文化性に目を付けたのは織田信長や豊臣秀吉でした。

彼らは「茶」を単なる趣味や嗜好のものではなく、政治や権力、教養、美意識や人心掌握を象徴する極めて重要な文化としてとらえています。

城一つに匹敵するほど高価な茶器を使った茶会を開くことや、その茶会に招かれることが名誉だとして、有力武将や商人、文化人や僧侶などとの関係を築く場にもなっていました。

政治的、権力的な性格をもつ一方で、「わび・さび」という美意識も、茶の世界と深く結びついているのが面白いところ。秀吉は豪華さや権威、華やかさを茶の世界に求め、千利休はわび、さび、静けさ、余白を追求する。 二つの相反する要素が混ざり合いながら、現在につながる茶の世界観が形づくられていきました。


戦乱の世が終わり、江戸時代に入ると、武士たちは「文化人」であることが求められるようになりました。

茶道の心得があることは、それだけで教養の証でもありました。

この頃、各地で茶の栽培が発展し、生産技術が確立され、生産量が拡大していきます。

茶の価格が安価に抑えられるようになり、湯を注ぐだけで楽しめる「煎茶」が広まりました。

特別な作法や高価な道具がなくても飲める煎茶は、茶をより身近なものへと変えていきます。

さらに江戸時代は物流や交易も盛んになり、街道には茶屋が並び、人々の休憩や交流の場として茶文化が広がっていきました。

「特別な文化」から、「毎日の飲み物」へ。

現代から250~300年前という、意外と最近の話なんですね。

カフェでお茶を飲みながら友人と話をする。

来客にお茶を出す。

仕事や家事の合間に「ちょっと一服」すること。

こうした習慣は、ほとんどそのままの形で現代にも残っています。


暮らしの中の茶


薬草として始まり、祈りや修行と結びつき、武士たちの教養となり、やがて庶民の日常へと広がっていった「茶」。

時代ごとにその姿を変えながらも、茶はずっと、人と人をつなぐものでした。


現代では自動販売機やペットボトルのおかげで、いつでもどこでも安価で手軽に楽しめるものになりました。

急須のない家庭も多くなったと聞きます。

夏の暑い日に、大きなやかんで麦茶を沸かして冷やすのも、今は2Lのペットボトルを箱で買う方が手軽で、時間もかからない。私の実家でも大きなやかんはすっかり戸棚の奥にしまい込まれていました。

水筒を持ち歩くことも少なくなり、湯を沸かすことも省略され、工場で大量生産されたものを買うことが当たり前になった現代。

便利になった一方で、なにを手放してしまったのでしょう。


自分や誰かのために湯を沸かす時間。

そういう小さな行為の中に、本当は暮らしの豊かさがあったのではないかと思うことがあります。


茶葉を揉んでいる写真
茶葉を摘み、火を入れて揉んだもの。茶葉を揉む時に使う布は茶葉のタンニンで紅く染まる。


茶というものがどう作られ、自分たちの口に入るのか。

その過程を知ることは意外と少ないのかもしれません。


茶葉を摘み、火を入れ、よく揉み、乾燥させる。

茶を実際に作ってみると、手間も時間もかかります。

どうやったらこんなに安価にお茶が飲めるのだろうと本当に不思議に思います。

国内での日本茶の消費量は下がっている一方、海外では抹茶や煎茶ブームで、日本茶の人気が高まっているようです。

米にしても茶にしても、代々受け継がれてきた文化が国内だけで支えきれないというのは何とも情けない話です。


私たちが日々選ぶものは、まわりまわって、自分たち自身の暮らしを支えるものでもあります。

米、和食、魚、発酵食品、調味料、そしてお茶。

衣服や建材に至るまで、できるだけ自分たちの風土の中で育まれてきたものを選ぶことは、巡り巡って、自分たちの土地や文化、仕事を支えることにもつながっていきます。


日本は「資源の少ない国」と言われることがあります。

けれど、石油やプラスチックがなかった時代、日本には有機的な資源が豊かに存在していました。

土に還るもの。繰り返し使えるもの。手をかけながら循環していくもの。

そんな暮らしの知恵の中に、茶もまた存在していたのだと思います。


忙しい日々の中では、湯を沸かし、急須で茶を淹れる時間は、少し遠回りに感じるかもしれません。

けれどその一杯には、季節や土地、植物の力、そして長い時間をかけて受け継がれてきた文化が詰まっています。

茶農家さんを応援するため、そして健康のためにも、食後に温かいお茶を淹れる習慣を今一度見直してみませんか?


自分や誰かを労わる時間を大切に。



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